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サヨナラバス その1 [不思議話]

あたりは夜の帳が下りていた。

大きなビルに挟まれた道を静かにバスが行く。町に灯る火は少なく車内灯も消えているため、私の意識と同様に薄暗くぼんやりとした景色に映る。今が夜になったばかりなのかそれとも明け方に近づいているのか、時間までもが曖昧に感じられた。


私は運転席側、後方の座席に座ってる。

薄暗い中でも前方に列を成して座る花笠を被った3人の女性が確認できた。いわゆる山形花笠祭りの格好をした彼女たちは静かに前方を見据えている。その瞳までは確認できないまでも生気がないことは手に取るように分かった。間違いない、昨日新聞で見た事故死した3人の女性だとすぐに気がつく。

「ああ、そうだった」


私は今夜も仕事を遂行するべくいつものバスに乗っていた。

簡単な仕事だ。死んでしまった人間を死後の世界へ送り届ける『サヨナラバス』。こいつに乗り込んで静かに死者を送り出してやる、これが私の仕事なのだ。特別死者に話しかけることもなく、哀れむこともなく、ただただ見送る。今夜も同様、そのつもりでいた。私は少し腰を上げ座りなおす。姿勢を正して彼女たちの姿をよりはっきりと確認するよう心がける。微動だにしない彼女たちの笠にはきれいな赤い花を模した飾りが6つ散りばめられていた。


どのくらいそうしていたのだろうか。気がつくとバスは田園地帯を走っていた。朝もやけのなか田舎の風景が私の視界に飛び込んでくる。朝もやけ、うっすらとサヨナラバスの車内も朝日を吸収し始めていた。


「見ない風景だな・・・」


いつもこなしている仕事では見たことのない光景。それは今までにないトラブルに巻き込まれていることを静かに私に教えてくれていた。どうやらやらかしてしまったようだ。

花笠娘たちに変化はない。ただ私の不安だけが、朝日を受けて照度を上げていくサヨナラバスの車内と同様に膨張していることだけは手に取るようにわかった。


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サヨナラバス その2 [不思議話]

夜はすっかりと明けていた。


金色に輝く田園、その脇を静かにバスが行く。車内は完全に明るくなっていた。私はポケットにしまっていたスマートフォンの存在を思い出し手に取る。画面に表示された受話器のマークをタップし、電話帳を呼び出した。そして検索欄に『えんま』と入力する。すぐに閻魔大王がヒットした。通話ボタンを押した私は息をのんで携帯に耳をあてる。呼び出し音を聞きながら、いつもはどうしていたのかと普段の仕事を回想した。


普段私は、夜が明ける前に仕事を片付けていた。亡くなった人たちを残し、とある停留所で必ず降車していた。私たちが生きる現世と死後の世界を分かつ存在であろう停留所、今夜はその存在にまったく気が付かなかったのである。このままでは死者を送る仕事は遂行できるものの、自分も死者として死後の世界に連れて行かれてしまうのだ。それだけは避けなければならない。私はまだ死にたくなんてない!!

電話がつながった。いつものアイツが電話口にでる。気に食わない上から目線野郎だが、私のいわゆる親会社の人間だ。ぐっとこらえ愛想のよい返答をする。


「お世話になっております。パインサーですが、お忙しいところ申し訳ございません。」焦っているためどうしても早口になってしまう。


「ああ、朝から勘弁して下さいよ。今度はどうしました?」いけすかないがここは我慢だ。なんとかしてもらわなくては・・・。

「非常に申し訳にくいんですが、サヨナラバスで停留所を降りそこないまして。ええ、現世とあの世の境目を超えてしまったようなんです。はい、そうです。で、困ってしまいまして閻魔大王様にお願いするしか手がなくてですね、はい電話を取らせていただきました。大王様いらっしゃいますか?」


とにかく内容は伝えた。早く対応してもらわなければ目も当てられない結果になってしまうことだろう。額から大粒の汗がしたたり落ちていた。手汗も半端ない、緊張はピークだった。


「パインサーさん、今年は災難続きでしたね~。それも年末最後の締めくくりであんな大きな事故に巻き込まれちゃうんだもんね。ホント悲惨だね~。」本当他人事だ。もう少し心配したらどうなんだ。でも事故を起こしたって・・・?


「ええ、まったくです。ただ早くしないと取り返しがつかないのではと心配で。ええ、そうです。あと、一つ気になったのですが、事故って何のことですか?」正直身に覚えが無い。


「あれだけの事故ではどうしようもないですよね。残念です。」どういうことだ。私が事故に巻き込まれたと言うのか?コイツは何を言っているんだ?


にこうやって仕事しているじゃないか!!


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サヨナラバス その3 [不思議話]

四方を山に囲まれた田園地帯、バスは走り続けている。


『現にこうやって仕事しているじゃないか!』そう思った私をすぐさま違和感が襲う。確かに仕事中ではあるが、現世で行っている訳ではない。私は現世を飛び越え死後の世界へと向かう非常に曖昧な空間に身を置いているのだ。この電話が繋がっていることすら奇跡的なことなのかも知れない。


「何とかなるのでしょうか・・・」恐る恐る確認する。するとあたかも当然のような声で恐ろしいセリフが返ってきた。


「パインサーさん、その事故って2ヶ月も前のことですよ」



足元に手汗にまみれたスマートフォンが転がった。

目の前が真っ暗になる。軽いめまいを覚えると同時に膝の力も一気に抜け、シートに崩れ落ちる。どうやら私は電話しながら立ち上がっていたようだ。まあ、そんなことはどうでもよかった。今回の仕事における違和感や失敗、その全てが見事に繋がり理解できた。簡単なことだった。


私は2ヶ月前に死んだのだ。

不慮の事故により自分でも気づかないほどにあっけなく。自分のことでありながら、私はそんなことにも気づかずに仕事をしているつもりでいたのだ。あの花笠娘同様、死後の世界へ送り出してもらうためにサヨナラバスに乗せられていたに過ぎないのに・・・。

何故だか少し笑えた。そして涙が一筋ほほを伝う。転がったスマートフォンからヤツの「もしもし」と繰り返す嫌な声が響いていた。バスは静かにそして確実にその歩みを進めていた。


最終話へ

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サヨナラバス 最終話 [不思議話]

走り続けるサヨナラバス、停まらないなら降りてやる。

私は乗降口を探したが見つからない。窓と座席しか存在していないようだ。頼みの車窓もはめ殺しの状態で開閉は不可能だった。文字通りの八方塞がり、このまま死後の世界へ連れて行かれるほか道はないのだろうか・・・。徐々にあきらめに近い感情が私を支配し始めた。


床に転がる携帯を手に取る。まだ通話状態だ、ヤツのもしもしが続いていた。

「もう、どうしようもないのですね。」念のために最後の確認をとる。すぐに「はい」と無機質な返事が返ってきた。むしろ吹っ切れた気がした。


「最後に家族に伝言をお願いしたいのですが・・・」まだ年端もいかない兄弟二人と奥様を残して突然死を迎えただろう私。最後にできるのはメッセージを残すくらいしかない。

「わかりました。ではどうぞ」再び無機質な声。ただコイツは仕事は無難にこなす、きっとしっかり最後のメッセージを届けてくれるはずだ。


しかし、ここで言葉が出てこない。伝えなければならないことは山のようにあるはずなのに・・・涙はとめどなく出てくるが言葉は・・・唇を噛む。



 「ごめんなさい」 



やっと搾り出した言葉だった。そう言い終えて私はため息をつく。安堵なのかあきらめのそれなのかは定かではなかった。ただ、サヨナラバスの座席に深く座りなおす。自分の置かれた運命に向き合うように出口のないバスの車窓を眺めながら。



っと、いったところで目が覚めた。

左右には一緒に寝ていた息子たちが静かに寝息をたてていた。悪夢の後、夢でよかったと思うことは昔からあったが、今回ほどの衝撃と安堵感は今までにないレベルだった。あまりの恐ろしさで夢の内容をそのままブログにしてしまった。乱文失礼しました。


ただ、次の日の出社中に私は交通事故を起こしている。助手席側後方に車が突っ込んできたのだ(私の不注意が原因なのだが)。あながち夢ではなかったのかも知れないと思うと背筋が凍りつく体験だった。



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